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第9回 進駐軍慰安競馬と一條友吉の生涯(2)

・サラブレッド界の先駆者として

 日本に戻ってきた友吉は、海外の競馬を見てきた経験から、軽種馬の血統登録の重要性や品種改良の必要性を感じ「日本サラブレッド協会」の創設を提唱した。ここで軽種馬の血統登録を進めることで、日本の馬産に血統の大切さを伝えた。その後も友吉は幾度となく海外に渡り、世界の馬産地の現状や競馬事情を見てきたことから、1930(昭和5)年に下総御料牧場から繁殖牝馬の輸入を委託された。

 この時、日本に導入されていた血がヨーロッパ系に偏っていたことを懸念していた友吉は迷わずアメリカを目指し、その知名度も活かしながら6頭の繁殖牝馬を選定し、自ら日本に向かう船の中で世話をしながら輸入した。

 すると“星”のつく名を与えられたこの繁殖牝馬の直仔から、1937(昭和12)年のヒサトモ(母「星若」)、1939(昭和14)年のクモハタ(母「星旗」)と2頭の日本ダービー優勝馬をはじめ、多くの優駿を輩出した。さらに星友が宿していたアメリカ三冠馬セクレタリアトの仔・月友が3頭の日本ダービー馬を輩出するなど、その血は今もなお日本競馬を支える礎となっている。

 そして現代の岩手競馬でも、岩手所属馬として2頭目の統一グレード競走優勝(1999(平成11)年・東京盃)を果たしたサカモトデュラブ(8代母が「星若」)や、2004(平成16)年から2年連続で岩手競馬最優秀ターフホースに選定されたサイレントグリーン(父・サニーブライアンの6代母が「星谷」)など、その血を受け継ぐ名馬たちが競馬場を盛り上げたのである。

設立趣意書
日本サラブレッド協会創立趣意書より その最初の1ページ

日本サラブレッド協会の創立趣意書の一部。この中には一條友吉が欧米で見て感じたと思われる記述も数多く含まれる他、早急な日本ダービー創設を提言するなど、先進的な内容も盛り込まれていた(一條八平太氏提供)

<この記事は月2回更新です。次回は4月11日に掲載いたします。>
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