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第17回 組合設立と水沢競馬場移転(4)-歴史を繋いだ突貫工事

 3ヶ月がいかに短いか。規模が違うとはいえ、オーロパークの建設に5年の月日を要した(1991年(平成3)2月起工、1996(平成8)年4月オープン)ことを考えればその突貫工事ぶりを理解していただけると思う。しかもこの場所は歴史的に1947(昭和22)年のキャサリン台風などの水害によって、北上川の流れが幾度となく変わっていた場所で、当時を知る人は「昔は今の競馬場のコースやスタンドを横切るように堤防があった」と指摘している。

 さらに予定地は沼地が多く残り、また長芋の栽培も盛んに行なわれていたため、地盤は悪かった。そのため土地の安定が要求される競馬場を、しかも短期間に完成させるために路盤整備に使用したものが“畳”だった。当時をよく知る元組合職員の佐藤栄亀氏は「沼地を埋めて整地するだけでも大変だった。けれどそれだけでは路盤を安定させられなかったので、3コーナーから4コーナーの辺りを中心に畳を敷き詰めることにした。それでようやく地盤が安定してコースの整備に取りかかれた」と振り返っている。

 常識外れといえるだろうこの手段によって、工事は一気にスピードアップした。そして10月の末にコースは完成すると現役騎手による試乗会を開催し、そこで彼らは「これなら開催できる」と語ったことで開催にゴーサインが出された。

 そして組合営第1回水沢競馬は1964(昭和39)年11月21日、当初の予定から2週間遅れでスタートした。期間中に2度雪で順延となるなど天候には恵まれなかったが、盛岡から観戦バスが出るなど待ちわびたファンは熱心に新水沢競馬場に足を運び、この1開催(6日間)で約1万人の観客が訪れた。この開催によって水沢競馬は廃止の危機を脱するとともに、組合初年度の開催を成功裏に終了することとなった。

 ちなみにこの時新水沢競馬場(以降、水沢競馬場)に完成していたのは1周1200mのコースと平屋のスタンド、それと厩舎が100馬房。短い工期ゆえ、水沢競馬開催にこぎつけるための最低限の施設として間に合わせたもので、その後水沢競馬場はスタンドの増改築、厩舎の増設などを繰り返し、現在の姿になっている。

1964(昭和39)年に移転した水沢競馬場

1964(昭和39)年に移転した水沢競馬場。写真は1970(昭和45)年頃のもの(出所:岩手県競馬組合「岩手県競馬組合30周年記念誌」)
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