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第19回 女性騎手第1号・高橋クニ誕生(1)

 日本の競馬史の中で、NARまたはJRAからライセンスの発行を受け、レースに騎乗した女性騎手は、引退した騎手を含めても数十人程度しかいない。その第1号は繋駕専門の騎手として1966(昭和41)年に岩手競馬でデビューした高橋クニ(以降、クニ氏)がその人である。

 クニ氏の夫は繋駕専門の騎手として活躍していた高橋武(以降、武氏)で、戦後、競馬をやりたいがためにセリ市で繁殖牝馬を買い求め、その仔を調教して参加した変り種だった(注)。中でも大活躍をしたのが“ホマレ”で、岩手での走りを認められて高額なトレードマネーで新潟に移籍。さらにその後に移籍した中央でも優秀な成績を残した。

 ところがホマレが中央にいた時代、輸送時のアクシデントでレースへの復帰をあきらめるほどの大きなケガを負った。その話を聞いた武氏は「うちで生まれて、あれだけ走った馬だから(最後は)うちで面倒を見よう」ということでホマレがいた京都の厩舎まで駆けつけ、水沢に連れて帰って来た。

 帰って来ると、武氏は普段から厩舎を手伝っていたクニ氏にケガの治療と日常の世話を頼んだ。武氏にケガをした馬の世話をする余裕がなかったためだが、この時クニ氏は、ケガが治ればまた走れるようになると思っていた。そしてクニ氏の献身的な介抱によってホマレのケガは癒え、再び走れるまでに回復した。するとクニ氏は「ホマレに乗りたい。いっぺんでいいからレースに乗りたい」と武氏に言って来たのだ。ホマレに対して注いできた愛情が、既にこの時30代半ばを過ぎていたクニ氏に、女性騎手という未知なる挑戦への熱き想いに形をかえて湧き上がったのである。

(注)組合が設立した頃までは騎手兼調教師兼馬主として参加する人が普通だったが、高橋武氏のように生産者まで兼ねていた人はほとんどいなかった。現在の日本の競馬は職務の専業化が厳格に定められており、調教師と騎手を兼ねること、厩舎関係者が馬主や生産者となることは禁じられている。

高橋クニ
高橋クニ

高橋武
高橋武

女性騎手第1号の高橋クニ氏/出典:「岩手県競馬組合30周年記念誌」(岩手県競馬組合)と、その夫の高橋武氏(故人・2001年撮影/「テシオ」2001年10月号より)
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| 昭和40年代 | 23:19 | comments(-) | trackbacks:0 | TOP↑

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